魔法使いボビー(1)

 When Bobby Kennedy Was a Moving Man を読了。

When Bobby Kennedy Was a Moving Man

When Bobby Kennedy Was a Moving Man


 この小説は、38歳のスタンレー・V・ヒギンスさんが1990年に半年勤めた引越し運送会社で、偶然 Life Twoを生きていた従業員ボビー・ケネディに出会って、彼から Life Twoでの体験談を聞き、さらにボビーが天国に去った後、ボビーと働いていた他の同僚たちへのインタビューや調査をした上で書いた本、という体裁をとってます。


 ヒギンスさんは会社に入った当初、組まされたコンビ相手がロバート・フランシス・ケネディという名前で、容貌の声もしぐさもくせも話し方も、とにかく何もかもが気味悪いくらいRFKそっくりで(そりゃ、当人だからねえ)、しかも相手は、自分はRFKその人であると主張するので、はあ?と思っていたわけですが、ある日、とんでもないものを目撃して、この変な男の主張に真剣に耳を傾けるようになります。

 その、とんでもないものとは、ボビーが魔法を使う現場を見たこと。

 さて、このボビー・ケネディがなぜ魔法が使えるかというと。
 
 彼がアンバサダーホテルで撃たれて死んだ後、神様たち(なぜか複数。ここがもうおふざけですな)はRFKをいい人間と判断すべきか、悪い人間と判断すべきか非常に迷った挙句、もう一度ボビーを「リサイクル」することに決め、Life One(上院議員だったRFK)の記憶をそっくり持たせたまま地上でLife Twoをやれと、ボビーを送り返しました。で、そのときついでに魔法の能力もつけてあげたというわけ。

 ヒギンスさんが目撃したのは、重いオーク材の化粧ダンスを見るだけで空中に持ち上げて、移動させてしまうというものでした。

 このボビー、ヒギンスさんに出会う前、あることがあって神様たちからその魔法の力を取り上げられ、自分やJFKの暗殺の黒幕であるマフィアのドンを銃で撃とうとして失敗し、殺人未遂の容疑で30年の刑をくらって、刑務所に入ってました。

 その刑務所にはサディスティックな「ネズミ」とあだ名がついた看守とその仲間3人がいて、ある日ボビーは彼らからひどい目にあわされます。
 その日の夜、ショックと怒りで呆然としてるボビーの耳に、刑務所の中で最初に友達になった男をいじめる「ネズミ」の声が聞こえてきました。立ち上がったボビー、「ネズミ」にけんかを売り、半死半生の目に遭わされた上、囚人たちから「穴」とあだ名されている懲罰用の独房に放り込まれてしまいます(ひどいねー)。

 そこで食事を拒否し、どんどんやせ細っていくボビー、もう死ぬ準備はできた、もう俺は本当に死ぬんだとなったその時。

 彼がなにより欲しかったものは、結局のところ、フライドポテトなのだった。そう、ビッグ・マックとポテト。それと、シェイクもついてれば。
 ボビーはチョコレート・シェイクについて考えた。そして、見よ、ミルクシェイクが現われたではないか!
 ボビーは息を呑んだ。到底信じられなかった。しかし、それは彼の手の中にあった―冷たくて、ツヤツヤしたコップが。
 (中略)
 ボビーの魔法が戻ったのだ。 

 というわけで、土壇場で魔法の力を取りもどしたボビー、独房の裸電球をシャンデリアに変え、うろちょろしている太った鼠を子猫に変え、仲間の囚人たちのために、まずい食事を大ご馳走に変え、刑務所に保管されていた自分の犯罪の記録を新聞記事の切り抜きに到るまで一切消した上で、さっさと自主出獄してしまいます。(ボビーが忽然と消えたもので、刑務所は蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。)

 そして、一週間後、彼が姿を現わしたのはもとの勤め先である引越し運送会社で、そこの社長のジェイクに会います(中小会社なんで、社長にも気軽に会える)。

 ジェイクは疑わしげに自分の以前の従業員を見つめた。一体どうやってこいつはムショから出てきやがったんだ?と彼は考えていた。サツに電話すべきだな。だけど、こいつひょっとしたら銃を持ってやがるかも―。
 「持ってない」とボビーは言った。
 「なんだと?」
 「銃は持ってない」
 「どうして分かった―」
 ボビーはジェイクに微笑みかけた。そしてジェイクの目を覗き込んだ。
 彼は魔法を使っていた。彼はいくつかの事件に関するジェイクの記憶を消し去った。ジェイクに、自分が容疑者であったことを忘れるようにさせ、そして自分に職を与えた上に、雇い入れたばかりの奴とコンビを組ませるように仕向けたのである。


 で、その「雇い入れたばかりの奴」というのが、ヒギンスさんだったわけ。

 天国に行く前、ボビーはギャンブルしにラスベガスに行き、そこで悪魔の誘惑をあっさり撃退した上で、ちょいと人助けをします。

 

 一人ぼっちで絶望している若者が過去のことをあれこれ考えていた。ボビーは自分が勝って得た全部のチップをその男に渡した。
 「僕に?」とその男が言った。
 「君にだよ」とボビーは言った。「デンバーに戻るための切符を買うにはちょうど間に合うだけある」
 「どうしてお分かりになったんですか」
 「無駄遣いするな。ただバスに乗るんだ」とボビーは言った。
 「ジュリエットが君を待っている」
 「彼女が?」
 ボビーは頷いた。「君が家にいるのを必要としているんだ。妊娠しているからね。」
 「僕の妻が?」
 「四ヶ月だよ」
 「本当ですか」
 「女の子だ」
 若者は、手にしたチップを換金するためにあっという間にいなくなった。


 というわけで、人の考えていることが読めるボビー、天国に行く直前、もうひと働きすることになりますが、長くなったので、続きは次回。