RFK暗殺とNAKBA
先日、パレスチナ1948 -NAKBA-という映画を観て、パレスチナ人のサーハン・サーハンがRFKを暗殺したことを思いました。
サーハンがRFKを殺そうと決心したのは、ボビーがイスラエル寄りだと判断したことにあり、選挙活動の一環としてシナゴーグを訪問したRFKを彼が見たことが、直接的な引き金となっていると読んだことがあります。
なぜ移民労働者を守ろうとしていたRFKが、移民のパレスチナ人に殺されなければならなかったか。
いろいろと陰謀説などもありますが、『パレスチナ1948 NAKBA』を観た後では、ボビーの暗殺は1948年以来の悲惨な状況を背負ったパレスチナ人の世界に向けての絶望的な叫びのような感じがしました。
サーハン・サーハンはエルサレム生まれで、マロン派のキリスト教の家庭の子どもだったらしいので、NAKBA(大惨事)とパレスチナ人が呼んでいる、1948年に起こったユダヤ人による数百に及ぶパレスチナ人村の破壊、追放、そこでの虐殺といった出来事を直接体験しているわけでは、たぶんないでしょう。
しかし、そういうことを耳にしながら育った可能性はあります。
12歳でアメリカに移民している彼が、どのようにパレスチナ人が置かれた状況を理解していたか私には全く手がかりがないので、ただの推測ですが。
ボビー暗殺の前年の1967年は第三次中東戦争(六日戦争)の年であり、イスラエルの大勝利により、パレスチナ人の中に絶望的な気分とイスラエルへの怨嗟が渦巻いていてもおかしくなかったのではないか―。
イスラエルを背後で支えているのはアメリカ合衆国ですから、大統領候補のRFKがイスラエル寄りであるということは、パレスチナ人のサーハンにとって憎しみを掻き立てられ、抹殺されるべき存在だと思えたとしても、あながち不自然ではないように思います。恐ろしく短絡的であるにしても。
そういったパレスチナ人のイスラエルへの憎悪や歴史的文脈を考慮に入れてみると、サーハン・サーハンの行動も理解できなくもないなあと思ってしまったわけでした。(まあ、暗殺者がパレスチナ人であるという点に、映画に影響を受けた私が過剰に思い入れているだけでしょうが。)
ボビー暗殺の遠い背景にパレスチナの悲惨な歴史があるのだということを(それが、直接的には全然関係ないとしても)考えさせられた映画でした。
映画自体も、広河隆一氏が40年にわたって追及し、撮り続けてきたテーマですので、大変素晴らしいものです。とても重いですが、いろいろなことを深く考えさせられます。
強く観ることをお勧めします。