RFKと子供たち(1)
私は、RFKというと、子供がぞろぞろと後をついてくるという写真を思い浮かべます。
なぜ彼はあんなに子供を惹きつけたのか?
というわけで、今回はRFKの中の子供性について述べている、E・トーマスの文章を引用(拙訳)。
※読みにくいので、原文通りではなく適当に改行しています。
死んだとき、彼(RFK)はとても若く見えた。実際、彼は若かった―たったの42歳で、アメリカ史上二番目に若い大統領として選出されたJFKよりも一歳若かったのだ。しかし、ロバート・ケネディはどこかずっと若く、もっと少年っぽいところがあった。出っ歯とくしゃくしゃの前髪、そして恥ずかしがりの不器用さのせいで、彼は時々ぎこちないティーンエイジャーといった印象を与えていた。時には、驚きと好奇心において殆ど子どものようでもあった。
RFKは多くの人から「情け容赦がない」とみなされており、その形容詞に傷ついていたにもかかわらずその言葉はしばしば彼にどんぴしゃりだった。しかし、彼自身のでも他の人々のでも、とにかく子どもたちと一緒だと、彼は優しかった。ボビーが子どもと話すとき、愛情を装う必要などなかった。子どもたちは彼の同一感を感じ取ることができた。子どもたちは彼の足に腕をまきつけ、彼の膝によじ登り、彼の後をついて歩いた。
「彼は子供の心を持っていたんだ」と、RFKの友人で映画製作者のジョージ・スティーヴンスは言った。「優しくて、はしゃいで、ちょっと無垢なね。」
児童の精神分析医で、貧しい子どもたちへの関心を分かち合うことを通してRFKの友人の一人となったロバート・コールズは、他の年長のケネディ家の者は少年時代ですら既に大人として振舞うように期待されていたが、一方、RFKは子供であることを許され、ある意味で彼は決して成長しなかったのだということに気付いた。大人としてみると、ケネディには子どものような振る舞いが残っていた。誰かもしくは何かでいやな思いをすると、彼はべーっと舌を突き出したり、しかめ面をしたりした。演壇に座って好きではない人間の演説を聞いているとき、彼は決まり悪そうだったり、不機嫌そうだったり、退屈そうだったりしたものであった。彼は「熱中することにおいて小さな男の子」だったとコールズは述べている。つまり、何かとても単純なこと、例えばアイスクリームコーンを舐めるといったことに子供っぽい喜びを表すことができたということだ。ケネディはかつて、ヴァニラ、ストロベリー、チョコレート(RFKの個人的なお気に入り)といったアイスクリームの違うフレーバーのそれぞれの良さを討論しあう活発な会話にコールズを引き込んだことがあった。選挙戦のなか、ケネディは大きなボール一杯のアイスクリームを食べて一日を締めくくるのが好きだった(その際、彼はハイネッケンのビールを一緒にちびちびと飲んだ)。
ケネディはこうした自分について無自覚ではなかった。一度、群集がケネディに向かって殺到したとき、誰かが「ここに小さい子がいるぞ!気をつけろ!」と叫んだことがあった。その人は、押しつぶされそうになっていた一人の小さな子供について言及していたのだが、ケネディはすぐさま「小さい子」という言葉に自己同一感を持った。慌てることなく彼は言った、「うん、その子はアメリカの上院議員をしてるよ」と。
(Robert Kennedy: His Life 20〜21pp)
※Robert Kennedy and Family | American Experience | Official Site | PBSより引用。
子供をベッドに入れるのにも一苦労。
とはいえ、RFKは子供と同じレベルで遊んでいますね、これは。
ロバート・ケネディJr.とRFK。
本当に子供好きだったんだなあ、この人という感じがする一枚。